輸出向けの華美な品物と考えられ、その価値が正当に評価されてこなかった¹明治工芸に、近年注目が集まっている。昨年は京都市京セラ美術館で「綺羅めく京の明治美術 —世界が驚いた帝室技芸員の神業」が催され、そして今年はあべのハルカス美術館で「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」が開催される予定である。
明治工芸の中でも私が特に心惹かれるのが並河靖之の有線七宝だ。有線七宝とは、平たい金属のテープを図柄の輪郭線に沿って折り曲げ器表面に接着し、そこに釉薬を流し込む技法で作られた焼き物である。たった一代で京七宝を代表する作家となったのが並河靖之だ。
有線七宝の作り方概略
明治27年に建てられた並河靖之の邸宅は現在も残っており、今は並河靖之七宝記念館として並河の作品の保存、公開に利用されている。昨年1年間建物の修繕が行われ、今年の4月28日にリニューアルオープンした。
表には「並河」の表札がかかっている。
並河の邸宅に来たのだという実感が増す。
受付のすぐ横から展示スペースが始まっている。一番目に展示されていたのは、春季特別展「並河靖之の世界観 七宝と建物」の目玉、「藤蝶文大花瓶」である。まず、藤の花の描写が繊細で美しい。勿論花びらひとつひとつが金属線によって縁取りされているのだが、葉や蔓の部分よりもその線を細くすることによって、風になびく藤の軽やかな印象が保たれている。花瓶の曲面にこれほどまでに細かい植線を施すのは大変な作業だったと推察される。加えて、藤の花が途切れる空間に、黄色の蝶、そして長く伸びた藤の蔓を配するデザインも巧みだ。これにより、瓶に藤の装飾が張り付いたような印象を与えず、瓶の表面全体をキャンバスとして機能させ、絵画のように余韻のある表現を可能としている。ただ、絵画と大きく違うのは、キャンバスの形の自由度が高いという点である。下方に行くにつれて、瓶の径はだんだんと小さくなっていく。それが、下に長く垂れ下がる藤の花の形と調和しており、感興をそそられるのである。並河七宝の大きな特徴とされる釉薬の発色にも注目すべきである。背景一面が鮮やかなコバルトブルーなのだが、しつこく感じさせることがない。七宝特有のしっとりとした光沢は、着色が施されているということを忘れさせてくれるくらい、透明で澄んだ印象を与える。この工芸品が仏教において七種の宝を意味する「七宝」²という名前をつけられたのも自然なことだと思えた。
並河は、発色が上手くいかなかったり、ヒビが入ってしまったりした失敗作も全て保存していたそうだ。記念館では、そうした作品になりきれなかった七宝も「かがやきのかけらたち」として紹介されている。完成品を見るだけでは知ることができない七宝制作の試行錯誤の過程、そして並河の忠実さを垣間見ることができる。
マットの下には…?
右:桐紋(桃山時代/方広寺)
左:蓮華紋(平安時代/六勝寺)
並河家の庭園は、隣に住んでいた小川治兵衛(7代目)という作庭家の手になるものである。建物外周の「犬走り」という部分に埋め込まれた古瓦も彼の意匠だ。足元に古の文物があると緊張してしまう。
巴瓦(?)には、並河の「並」の字を象ったような模様がある。
参考文献
¹後藤結美子「超絶技巧−加納夏雄と並河靖之の場合」、京都市京セラ美術館『綺羅めく京の明治美術 —世界が驚いた帝室技芸員の神業』(2022年)所収、p102
²しち−ほう【七宝】(例文 仏教語大辞典)
※とある講義のレポートとして提出した文章を再構成したものです。